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アドラー心理学を考える。過去に執着せずに今を生きること。

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アドラー心理学にもとづいた対人関係の考察です。

アドラーは、「私は正しくて、あなたは間違っている。」という考えはいけないと言っています。

今までの考え方とは根本が違うので、中々しんどいですが、整理していきたいと思います。

 

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相手を正してはいけない

『嫌われる勇気』より一部抜粋

いくら自分が正しいと思えた場合であっても、それを理由に相手を非難しないようにしましょう。ここは多くの人が陥る、対人関係の罠です。

(中略)
わたしは正しい。すなわち相手は間違っている。そう思った時点で、議論の焦点は「主張の正しさ」から「対人関係のあり方」に移ってしまいます。つまり、「わたしは正しい」という確信が「この人は間違っている」との思い込みにつながり、最終的に「だからわたしは勝たねばならない」と勝ち負けを争ってしまう。これは完全なる権力争いでしょう。

 

『困った時のアドラー心理学』より一部抜粋

自分が正しいと思っているうちは怒りは収まらないでしょうね。たとえ怒りの感情が表面に表れていなくても、自分は正しいと思い、相手が間違っていると思っている間は、一触即発の状態です。 私は、今、正しいと思っているけれど、絶対に正しいわけではないかもしれないとまず思ってみること。それから、私は正しいと思っているけれども、ある人が見たらひょっとしたら正しくないのかもしれないと思うことが大切です。

 

僕は、これまでは、教育とは「善悪を教えること」だと思っていました。

自分よりも経験が浅い人に対して、何が正しくて、何が間違いなのか、を教える。

まずこうあるべき、というゴールがあり、それに向かって行動を正していくものだ、と。

ですが、アドラーはこれを否定しています。

正しいとか、間違っているとか、考えること自体が違うのだ、と。

そんなことをするから対人関係のトラブルが起きるのだと言っています。

これは、集団の中で規律を守るという観点から考えた場合、どうなのでしょうか。

先日、僕が実際議論になったことを例に、改めて考えてみたいと思います。

 

ある日の会議にて

部長から、こういう話がありました。

 『節電の意識を高めたいので、節電パトロールをしようと思う。』

 

電気料金が値上げされてきていますので、コスト削減するためには自然な行動です。

会社内を定期的に巡回し、照明や暖房など、無駄に使われているケースがあれば注意して、改善させたいのです。

これ自体はそれほどおかしくない話なのですが、ちょっとおかしくなる点があります。

実は、節電の意識が社内で一番低いのは、部長自身であるという事。

ロッカーを使ったら電気つけっぱなしで退室は当たり前で、パソコンの電源を切らずに帰宅等、とにかく電源をOFFにするという行為が全般的にできていないのです。

そしてこれは全社員が知っていることで、自覚がないのは部長だけ。

自分ができていなのに、それを人に求めてしまうと、言われた側は「あなたに言われたくない。」と感じてしまいます。

言っている事自体は間違っていないのですが、できていな人が言うと、反感が生まれるのです。

そういう議論になり、最終的には別の方法をとることになりました。

 

ですが、ここで、アドラー的に考えるとどうなったかを考えてみます。


過去に執着してはいけいない

『困った時のアドラー心理学』より一部抜粋

いつまでも過去に執着する人にはにわかには信じがたいことかもしれませんが、過ぎ去ったあれこれの出来事について忘れることができれば、あるいは、忘れることができる時にだけ、今ここに集中できます。 今日この人と私は初めて会うのだと思えるくらいに集中したいのです。前の日にいやなことをいわれたかもしれないけど、でも、今日同じことを今目の前にいるこの人がいう、あるいは、するとは限らないわけです。そう思って、その人と初めて会う人のようにその日を始めるのです。このように思うことができれば、二人がいる時間は生きたものになります。今日は昨日の繰り返しではなく、明日は今日の延長ではありません。今日初めてこの人との関係が始まると思ってつきあい始めるといろいろな発見があります。

 

正しいとか、間違っているとか、考えてはいけないのです。

僕としては、「自分ができていない事を、その本人がまわりにやるように言ってはいけないのでは?」という考えがありました。

ですが、これは僕の考えであって、これが正しいとは言い切れないのです。

更には、過去にもとらわれないわけですから、部長がいままで照明をつけっぱなしにしていた事も関係ない。

そんな事はなかったように考えなければいけない。

 

つまり、

アドラー的には、自分が節電に一生懸命取り組むだけ、なのでしょう。

部長がどんな行動をしようとも、自分自身が誠実に取り組めば、それを見て自分もちゃんとしようと思う人がいるかもしれません。

ただ、自分自身がやるだけ。

それが、今回の件でのアドラー流の行動だったのかもしれません。

 

あとがき

“まよい犬

実際に起きた出来事で、アドラー流を実践しようとすると、それがいかに大変か分かってきます。

なにせ考え方のロジックが、今まで持っていたものと根本的に違うのですから。

ですが、今の日本においては、僕のこれまでの考え方よりも上手く物事が回りそうなイメージはあります。

自分の頭の整理も含めて、今後もひとつひとつ考えていきたいと思います。

 

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