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「嫌われる勇気」を読んで3ヵ月後の振り返り。

その他-雑感 その他-書評 生活 生活-心理・考え方

去年、「嫌われる勇気」を読んで、自分の考え方を改めねばならないと感じたわけですが。

本に書いてあった内容がどこまで実践できているのか、いや、どうできていないのか、数ヵ月経った今の時点で振り返ることも必要だろうと。

さて、どれだけできていないのやら。

普段と趣向の違う記事ですが、ちょっと書いていきたいと思います。

 

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1.怒らない

あまりできませんでした。

僕は基本、人をどなりつけたり、大声をあげることはほとんどないのですが、気持ちとして「怒り」の感情を持ったことが何度かありました。正確には、怒りというよりも「イライラ」なんですけども。

イライラって、怒りほど強烈な感情ではないのですけれども、やっぱりちょくちょく感じてしまうもの。そして、イライラをこじらせると、結構な時間そのことに囚われてしまい、普段は気にもしない事まで気になるようになって、尚更長引いたりするんですよね。

これを完全になくするのは、中々難しそうです。

なので、僕はまず、イライラした後に、それを早いうちに解消する方向で考えてみました。

具体的には、その時を「イライラゲーム」と考えること。

僕はイラッしたら負けなんです。

ゲームですから、相手はなんとかして僕をイラッとさせようとしてくるわけです。そのためには、嫌な事をしてきますし、マナーの悪い人も出てきたりします。それにまんまとはまってイラッとしたら減点というゲーム。

そう考えると、一瞬はイラッとしたとしても、「まんまとやられた!」と思うので、気持ちが切り替えやすいんです。続けてイラッとしたりすると、逆に「うわ、またやられた!イラッとさせるの、うますぎるだろ。」とか思ったりして、逆にちょっとおもしろくなります。

この方法、僕には結構うまくハマった感じがします。かなり効果のある方法になったので、それを見つけられたのはラッキーでした。

いきなり「イライラしない」はハードルが高いので、まずはこの方法を続けていくつもりです。

 

2.上下関係をつくらない

これも明確な進展はありませんでした。

そして、僕には部下がいます。

部下は当然ながら、僕を上司として見ていますので、上下関係が存在します。

僕自身も以前は上下関係を意識した振る舞いをしていましたから、この関係を変えていくのは相当大変です。

僕がまず取り組んだのは、命令や指示をしないようにしました。すべて「お願い」に変えたんです。

だから、仮にできない場合でも、それをすべて受け入れるようにしました。ここはそれほど苦痛に感じませんでしたが。

ただ、やっぱり、僕がどんなに「お願い」しようが、部下からすればそれは「業務指示」であり、基本は従わねばならない内容です。

あくまでお願いだから、必ずしも従う必要はない旨を伝えましたが、それでもその言葉どおりには受け取られないでしょう。

このあたりは、まだまだ時間がかかりそうです。

 

3.考えを押し付けない

今までは、どちらかというと、あるべき姿を示した上で、そこへ向かっていくように促していました。

ですが、アドラー流はそうではなく、まずは自分で考えて判断をさせ、その判断の責任を自分で負うようにします。

この点に関して、会社という組織の中でどこまでできるか、正直分かりません。

疑問を持ちながらだと、自然と「できない」という方向へ寄っていくのでしょうが・・・うーん、まだ整理がつきませんね。

これまでの僕の考え方は、経験の深い者が、浅い者に対して、自分の成功体験や失敗体験をふまえたアドバイスをするものでした。先人の知恵を借りて実践することで、自分が経験しなくても、物事がうまくできるという考え方です。

いや、アドバイスをするところまではいいんでしょうね。それを押し付けてはいけないだけで。

当然、指示に従わなくても、ミスをしようとも、怠けていようとも怒ってはいけません。自分の思いを押し付けてはいけないわけですから。

押し付けないで、単に自分の思いを伝えるだけ。悲しかった、辛い思いをした、など。

それを受け止めてどう感じるかは、本人次第。最終的には全て本人が決めるという前提の上で、できる限りのサポートはするということ。

うーん、書けば書くほど大変な内容ですね^^;

まだまだ頭の中でまとまってはいないのですが、とりあえずは、このくらいの整理で止めておきます。

 

4.見返りは期待しない

見返りを期待してしまうと、それが得られなかった時に、相手を攻めることになります。

なぜ評価してくれないんだ。

どうしてやってくれないんだ。

ありがとうの一言が言えないのか?

こういった事は、すべて相手に見返りを期待しているから出てくる言葉です。

アドラー流の考え方は、見返りを期待するのではなく、『自分が相手の役に立ったという貢献感』のみを拠り所とするのです。

もっと言うと、実際に役に立っていなくても、自分で貢献感が持てればそれでいいという考え方。

僕は、この境地には全く辿り着けていません^^;

評価してほしいとまでは思わなくとも、せめて「ありがとう。」は言ってほしかったりしますので。

人の役に立っている実感って、お礼を言われた時など、相手からのアクションで感じるものだと思っていたので、このアドラーの考え方に切り替えるためには、まだ自分を納得させる理由づけが足りないのです。

うーん。

 

あとがき

“まよい犬

振り返って文章にしてみると、全然できてないことがはっきりしました。

それでも、いくつかの事を実践していることで少しずつ自分の変化ありますので、もう少し続けていれば、返ってくるアクションでも感じることができるのかもしれません。

なので、まずは今後も定期的に、こういった振り返りをしていくつもりです。

というところで、今日はここまで。