このブログでは何度も書いているのですが、僕は今、変わろうとしている真っ最中です。
そして、僕が向かおうとしている方向において、「怒らない」という事は、かなり重要な内容になってきています。
実践しようとしても中々難しい内容なので、具体的にどうやったら怒らないで暮らせるかを悩んでいたのですが、そのまんまのタイトルの本があったので読んでみました。
怒らない、という共通点
アドラー心理学では「怒り」は、「人と人を引き離す感情」であるため、持つべきではないものとしています。
更には、怒ることは、相手を自分の思い通りにコントロールしようとする愚かな行為だとしています。
喜怒哀楽という言葉があるくらい、人としては当然持っている感情のように思っていたのですが、ここ最近は、人が幸せに暮らしていくために「怒り」はなくても良いものだと考えるようになってきました。
芸能界で怒らない人としては、タモリさんが有名です。
「笑っていいとも!」の最終回特番では、タモリさんの人望がテレビを通してはっきりと感じられました。
明石家さんまさん、ダウンタウン、とんねるず、ウッチャンナンチャン、ナインティナインなどをはじめ、あれだけの人達が一同に会しただけでなく、更には出演していたみんながタモリさんが大好きなんだとテレビを通してでも伝わってきました。
特に、SMAPの香取慎吾さんが「どんな時でも一度も怒られなかった。」と涙ながらに話していたのが今でも印象に残っています。
怒らないだけでそれだけの人望を得られるわけではないでしょうが、少なくともこの人は絶対に怒らないという確信があれば、どんな時でも自然体で接することができるし、上下関係など作らずにみんなと友達になれるのだと思います。
もちろん、「怒らないこと」がただひとつの正解だとは思ってません。
そういう考え方があり、僕はその考え方に共感して、そうなってみたいと思っただけの話です。 (思っただけなので、全然実践できていないのですけれどもね^^;)
そして、この「怒らない」というのは、アドラー心理学だけでなく、仏教にも通じるものなんですね。
【本文より一部抜粋】
自分が正しいという考え方は、非合理的で、非真実で、嘘で、あり得ないことだ。このあり得ないことを頭で徹底的に信じている自分ほどの大バカ者は、世の中にいない」とはっきりと理解したら、もう怒らなくなってしまうのです。「私は正しい、とは言えない。私は不完全だ。間違いだらけだ」ということが心に入ってしまうと、もうその人は二度と怒りません。
(中略)
自分は完全ではないし、他人にもけっして完全な結果を求めない」という思考が、この世の中で我々が落ち着いて生きていられる秘訣です。
ここまで思うことができるかというと、正直自分には到達できないように思っています。
ですが、この本を読むことで、怒る回数を減らすことならできるのでは?くらいまでは思えるようになりました。
例えば、
【本文より一部抜粋】
仏教では、正しいことを実行することがいちばん大事なのであって、「部下だから」とか、「課長だから」「社長だから」「家の主人だから」とかいうことは一切関係ありません。気にするべきなのは、「その行動が正しいか正しくないか」という点だけです。
この考え方も、アドラー心理学に通じるものがります。
上下関係は一切築かず、全ての人と横の関係になるという点。
一人から言われるよりも、二人から同じ内容の事を言われると説得力が増しますよね。それと同じで、仏教としても、アドラー心理学としても、「みんなと横の関係を築く」ことが大切だと言われると、僕としても納得しやすいのです。
もう一言加えるとすれば、 以前、和田アキ子さんが何かの番組で言っていました。
「上に立つと、孤独やで~。」
いつ、どこで言ったかまでは覚えていませんが、上下関係を築いて歳をとっていくと、成功すればすれほど権力者になっていきますから、本当に腹を割って話せる相手なんていなくなってしまうと思います。 行き着く先は孤独しかないのですよね。
でも、タモリさんのように横の関係を築くことができれば、年齢によらずに友人になれるように思えます。
孤独なお金持ちになるよりも、歳をとってもたくさんの友人に囲まれた生活のほうが幸せなのではないかと思うのです。
怒りの抑え方
では、どうやって「怒り」の感情を持たないようにするのでしょうか。
これがまた難しいことを書いているんですね。
【本文より一部抜粋】
怒りとは自分の中から生まれるものですから、解決方法は、「毒そのもの」を抜くことしかありません。ヴィパッサナー瞑想法(お釈迦さまが教えた、悟りに至る瞑想法)でいう、「今の瞬間の自分に気づくこと」です。それが世の中でいちばん科学的な、怒りの毒を抜く方法なのです。 ですから、怒りが生まれたら、「あっ、怒りだ。怒りだ。これは怒りの感情だ」とすぐ自分を観てください。怒りそのものを観察し、勉強してみてください。「今この瞬間、私は気持が悪い。これは怒りの感情だ。ということは今、私は怒っているんだ」と、外に向いている自分の目を、すぐに内に向けてください。
言っていることは分からなくはないですが、これが毒を抜く方法というのは、納得まではできないかなぁ。
似たような事は、これまでもやったことがあるんです。
例えば、怒った時に、なぜ怒ったか理由を考えてみると、とか。
でも、これで怒りが収まったことってあまりないんですよね。
僕の場合は、頭に血が上って興奮するわけではなく、もともと静かにイライラするタイプなものですから、ある意味、タチが悪いのかもしれません。
もうひとつ、別の方法も書いています。
【本文より一部抜粋】
まずは、「何をされても怒らない」ということを自分に課してみましょう。そうすると、「ちょっと失礼なことを言われた」とか「無視された」とか「姑さんにいじめられた」とか、そんなつまらないことでは怒れなくなるはずです。「殺されそうになっても、私は殺す側に対して怒りは持たない」というほどの覚悟があれば、世の中に生きるということくらい、なんのこともないのです。
シンプルですが、これが一番しっくりくるかもしれません。
「殺されそうになっても・・・」のくだりは、今の段階ではちょっと受け入れにくいですけどもね。
最初からそこまではできる気がしないので、できるかもと思える範囲で現実的な内容を考えてみます。
- 買ったばかりの新車に傷をつけられても怒らない。
- 好きな人をバカにされても怒らない。
- 1日に起こる全ての出来事が自分の希望と逆になっても怒らない。
うーん、考えるのも意外と難しいですね。
ここで注意するのは、怒らない事と、ただヘラヘラしてる事は違うという点。
好きな人をバカにされて何も反論しない人は、さすがにどうかしてます。
「怒り」の感情を使わずに、自分の思いを伝えるということが大事なのです。
それと、もうひとつ別の方法。
【本文より一部抜粋】
まずは「笑って生活したい」と、心に言い聞かせてください。それから「私は今からよく笑う人間になるんだ。恥ずかしがらないで、声を出して堂々と笑うんだ」と心に決めて実践してみるといいのです。理解することは簡単ですが、実際にやってみると、少々難しいかもしれません。
(中略)
笑いと怒りは正反対の性格です。「何があろうとも笑うんだ」と決めたのですから、怒っても、すぐに笑ってしまえばいいのです。それでかなりの怒りが消えてしまいます。いつでも、よく笑うことを忘れないでください。
これもひとつの方法ですね。
とにかく無理矢理笑っちゃう。
あれやこれや頭で考えるより先に、無理矢理にでも笑ってしまえば、いくらか楽になる事もあるかもしれません。
最後に、心に残った一文を
【本文より一部抜粋】
バカな人は笑いたくて笑いたくて、面白い漫才をやっている場所を探してわざわざ出かけ、そこで笑って家に帰るという生活を送っています。そういう人は家では笑わないので、笑える場所に行って無理にでも笑おうとするのです。それは変でしょう? 私が勧めるのは「家の中にいても、家の外にいても笑える。仕事がうまくいっても、仕事が失敗しても笑える」という、自分の心ひとつでいつでもできる笑い方なのです。ですから、笑うためにわざわざどこかに行く必要もありません。
あとがき

前回読んだ『話すより10倍ラク!聞く会話術』でも感じたことなのですが、感情って意識次第でコントロールできるという事なんですね。
思ってしまうのだから仕方がない、ではなくて、自分が望む方向に変えられる、と。
分かっていたようで、分かっていなかったような、忘れていたような、そんな内容でした。
本を読んだからといって今日から変われるわけではないですが、定期的に読み返すことで、自分に言い聞かせていけるかもしれませんね。